ある島の仙人

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その頃わたしは、修行をしていた。







修行と言っても、自分で思いついてしていたことで、



山で滝行をするとか、何日も座禅を組むとか、そういうことじゃない。









なんの修行かというと、



今、目の前にあることに、喜びを感じる修行。



「喜べることをする」のではなく、「喜びを感じる」。









何故そんなことをしようと思ったのかと言うと、



なにかを追い求めることや、願いを叶えようとすることに、疲れてしまったのだ。









人生は、うまくいくときもあれば、うまくいかないときもある。



思い通りにいくときもあれば、いかないときもある。







でも、人生がうまくいくとか、いかないとか、願いが叶うとか、叶わないとか、



そんなことは、振り子のように変わる「状況」だ。



わたしは、そういうことにも左右されず、



いつどんな時でも、幸せでありたいと思った。











それは、どうしたら良いのかと言うと、



今ここで、自分に与えられた「状況」が、良かろうが悪かろうが、


「今」を最高に楽しんでしまえばいいということ。



それができれば、これから先、何が起きても起きなくても楽しめる。



それは、願いや状況にさえ自分を左右されず、一番最強だと思った。









この考えを思いついたとき、わたしは南の島の民宿で働いていた。



だから、思いついたことを、その場で実践してみることにした。







そこでは、掃除や洗濯、配膳、野菜の収穫などをしていたけれど、



正直言って、好きなことばかりではなかった。



でも、そこでの仕事が、好きだろうが、嫌いだろうが、



今、目の前にあることに、喜びを感じてみようと思った。











最初は難しかったけれど、徐々にコツが分かってきた。



喜びを感じるコツは、今目の前の感覚に、全神経を集中させることと、



そして、今目の前の仕事に、愛を込めること。







掃除も洗濯も、ただの単純なことだって、愛を込めてできる。



わたしは自分で始めた修行を、順調にクリアしていった。









何週間かして、わたしはそこでの全ての仕事に、喜びを感じられるようになった。



それは、この島での修行を終えたということだと思った。



わたしは、新しい修行をするために、島を移動することにした。











今度の島では、畑を持つおじいさんの家で働くことになった。



そのおじいさんの家では、畑の仕事や、家での雑用を手伝った。



寝るところと食事が提供される代わりに、お給料はない。



それはいいのだけれど、今回の修行は今までで一番難しかった。



そのおじいさんは、わたしが尊敬できるような人ではなかったのだ。







夫婦仲は悪いし、動物には乱暴をするし、何時間も説教めいたことを話し続ける。



そんな彼を、わたしは好きになれなかった。









そこでの暮らしにも、なんとか慣れてきたある日、



おじいさんは、わたしを近くの海岸に連れて行った。



そして言った。



「この浜の砂で、その浜を埋めなさい。」







はじめは、意味が分からなかった。







「砂浜に珊瑚が漂流していて、踏むと危ないので砂で埋めたい。」



おじいさんの指差す方向には、ほとんど砂で埋まった大きな珊瑚がある。



狭い海岸だったら分かる話なのだけれど、この海岸はとても広い。



踏みたくなければ、避ければいい。



まだこの仕事の意味が分からなかったけれど、



子供がケガをするとか、転ぶ人がいるとか、



この珊瑚を砂で埋めなければいけない、特別な事情があるのだと思った。







「まあでも、潮が満ちたら砂は流されてしまうんだけどね。」



おじいさんは最後に、付け加えるみたいに言った。







それを聞き、わたしは「え!」と思った。



それはつまり、わたしが今、いくら砂を運び珊瑚を埋めたとしても、



潮が満ちれば、そんな労力ごと無駄になってしまうということだ。



このおじいさんは、一体、どういうつもりなんだろう!!







「しばらくしたら戻ってくるから、それまで頑張って。」



呆然としているわたしを気にも留めずに、おじいさんはそう言い残すと、



スコップとずた袋を置いて、どこかへ消えた。











いくら南国といえど、冬の海岸の風はとても冷たい。



動かないでいると寒くて、鳥肌が立ってくる。



とりあえず、与えられた仕事をしよう。



わたしは、スコップとずた袋を持って仕事を始めた。









海岸の真っ白な砂を運びながら、



あのおじいさんはもしかしたら、仙人なのではないかと思った。



おじいさんは、わたしに「無意味の業」なるものをして、



わたしを試しているのではないかと思った。



「君はアートやクリエイティブなことが好きらしいから、この仕事を頼んだんだよ。」



さっき、おじいさんは言っていた。







これは、無意味なことの中で、わたしの個性を発揮し、



仕事に喜びを感じろという修行なんだろうか。



あのおじいさんは、短気で説教くさい老人に化けているけれど、



実はすべてをお見通しの仙人かなにかで、


最後のミッションとして、この課題を与えたんだろうか。







きっとそうだ!!







わたしはそう確信すると、



仙人から与えられた課題をクリアすべく、


珊瑚を埋めた砂で階段を作ることにした。



だだ珊瑚を埋めるのではなく、景観的に美しいものにしよう。



これなら言われたこともしているし、あの仙人も満足してくれるはず。



何度も何度も砂を運び、スコップと手を使って階段を作った。







そして、徐々に階段ができていった。











「コラ!!!なにしてんだ!!!」







集中して階段を作っていると、後ろから怒鳴り声がした。



びっくりして振り向くと、あの仙人だった。



「俺は砂を運べと言ったんだ!!遊ぶんじゃない!!」









わたしは遊んでいたつもりはない。


けれど、わたしの言い分は、彼には全く伝わらず、そのあと何度も怒られた。









「昼過ぎまでに、できるだけ早く埋めなさい。」



短気な仙人は、イライラした口調でそう言うと、軽トラックに乗って去っていった。



海岸の冷たい風がピューと吹いた。











こんな仕事、誰のためにもならないし、誰も喜ばないし、お金にもならない。



それに、いくら頑張っても、潮が満ちれば砂は流されてしまう。



なんて意味がないんだろう。



冬の海岸はとても寒いし、仙人には怒鳴られるし、



わたしはなんだかとても悲しくなった。









まともに考えていると、頭がおかしくなりそうだ。



わたしはそう思い、



なにも考えず、ただ砂を運ぶことだけに集中することにした。









黙々と白い砂を運び続けた。











何時間かして、やっと仙人が戻ってきた。



「今日はこれで終わりでいい、車に乗って。」



外は雨が降り始めていた。









彼の家へ戻る車の中、わたしはいろんなことを思った。



もうこんなことは二度としない。



たとえ、この仕事が苦じゃなくなったとしても、もう絶対しない。







雨粒越しの景色を眺めながら、わたしは心にそう誓った。












わたしは、




わたしにしかできないことをしたい。









わたしは、




わたしが喜べることをしたい。









わたしは、




わたしが喜んで、




誰かも喜んでくれることをしたい。













あの仙人から学んだことは何もない。







ただ、わたしは、







わたしのことが少し分かった。