ある島の仙人
☆
その頃わたしは、修行をしていた。
修行と言っても、自分で思いついてしていたことで、
なんの修行かというと、
今、目の前にあることに、喜びを感じる修行。
「喜べることをする」のではなく、「喜びを感じる」。
何故そんなことをしようと思ったのかと言うと、
人生は、うまくいくときもあれば、うまくいかないときもある。
思い通りにいくときもあれば、いかないときもある。
でも、人生がうまくいくとか、いかないとか、願いが叶うとか、叶わないとか、
そんなことは、振り子のように変わる「状況」だ。
わたしは、そういうことにも左右されず、
いつどんな時でも、幸せでありたいと思った。
それは、どうしたら良いのかと言うと、
それができれば、これから先、何が起きても起きなくても楽しめる。
それは、願いや状況にさえ自分を左右されず、一番最強だと思った。
この考えを思いついたとき、わたしは南の島の民宿で働いていた。
だから、思いついたことを、その場で実践してみることにした。
そこでは、掃除や洗濯、配膳、野菜の収穫などをしていたけれど、
でも、そこでの仕事が、好きだろうが、嫌いだろうが、
最初は難しかったけれど、徐々にコツが分かってきた。
喜びを感じるコツは、今目の前の感覚に、全神経を集中させることと、
掃除も洗濯も、ただの単純なことだって、愛を込めてできる。
わたしは自分で始めた修行を、順調にクリアしていった。
何週間かして、わたしはそこでの全ての仕事に、喜びを感じられるようになった。
それは、この島での修行を終えたということだと思った。
わたしは、新しい修行をするために、島を移動することにした。
今度の島では、畑を持つおじいさんの家で働くことになった。
そのおじいさんの家では、畑の仕事や、家での雑用を手伝った。
寝るところと食事が提供される代わりに、お給料はない。
それはいいのだけれど、今回の修行は今までで一番難しかった。
そのおじいさんは、わたしが尊敬できるような人ではなかったのだ。
夫婦仲は悪いし、動物には乱暴をするし、何時間も説教めいたことを話し続ける。
そんな彼を、わたしは好きになれなかった。
そこでの暮らしにも、なんとか慣れてきたある日、
おじいさんは、わたしを近くの海岸に連れて行った。
そして言った。
「この浜の砂で、その浜を埋めなさい。」
はじめは、意味が分からなかった。
「砂浜に珊瑚が漂流していて、踏むと危ないので砂で埋めたい。」
おじいさんの指差す方向には、ほとんど砂で埋まった大きな珊瑚がある。
狭い海岸だったら分かる話なのだけれど、この海岸はとても広い。
踏みたくなければ、避ければいい。
まだこの仕事の意味が分からなかったけれど、
子供がケガをするとか、転ぶ人がいるとか、
この珊瑚を砂で埋めなければいけない、特別な事情があるのだと思った。
「まあでも、潮が満ちたら砂は流されてしまうんだけどね。」
おじいさんは最後に、付け加えるみたいに言った。
それを聞き、わたしは「え!」と思った。
潮が満ちれば、そんな労力ごと無駄になってしまうということだ。
このおじいさんは、一体、どういうつもりなんだろう!!
「しばらくしたら戻ってくるから、それまで頑張って。」
呆然としているわたしを気にも留めずに、おじいさんはそう言い残すと、
スコップとずた袋を置いて、どこかへ消えた。
いくら南国といえど、冬の海岸の風はとても冷たい。
動かないでいると寒くて、鳥肌が立ってくる。
とりあえず、与えられた仕事をしよう。
わたしは、スコップとずた袋を持って仕事を始めた。
海岸の真っ白な砂を運びながら、
あのおじいさんはもしかしたら、仙人なのではないかと思った。
おじいさんは、わたしに「無意味の業」なるものをして、
「君はアートやクリエイティブなことが好きらしいから、この仕事を頼んだんだよ。」
さっき、おじいさんは言っていた。
これは、無意味なことの中で、わたしの個性を発揮し、
あのおじいさんは、短気で説教くさい老人に化けているけれど、
きっとそうだ!!
わたしはそう確信すると、
だだ珊瑚を埋めるのではなく、景観的に美しいものにしよう。
これなら言われたこともしているし、あの仙人も満足してくれるはず。
何度も何度も砂を運び、スコップと手を使って階段を作った。
そして、徐々に階段ができていった。
「コラ!!!なにしてんだ!!!」
集中して階段を作っていると、後ろから怒鳴り声がした。
びっくりして振り向くと、あの仙人だった。
「俺は砂を運べと言ったんだ!!遊ぶんじゃない!!」
けれど、わたしの言い分は、彼には全く伝わらず、そのあと何度も怒られた。
「昼過ぎまでに、できるだけ早く埋めなさい。」
短気な仙人は、イライラした口調でそう言うと、軽トラックに乗って去っていった。
海岸の冷たい風がピューと吹いた。
こんな仕事、誰のためにもならないし、誰も喜ばないし、お金にもならない。
それに、いくら頑張っても、潮が満ちれば砂は流されてしまう。
冬の海岸はとても寒いし、仙人には怒鳴られるし、
わたしはなんだかとても悲しくなった。
まともに考えていると、頭がおかしくなりそうだ。
わたしはそう思い、
なにも考えず、ただ砂を運ぶことだけに集中することにした。
何時間かして、やっと仙人が戻ってきた。
「今日はこれで終わりでいい、車に乗って。」
外は雨が降り始めていた。
彼の家へ戻る車の中、わたしはいろんなことを思った。
もうこんなことは二度としない。
たとえ、この仕事が苦じゃなくなったとしても、もう絶対しない。
わたしは、
わたしは、
わたしは、
あの仙人から学んだことは何もない。
ただ、わたしは、
わたしのことが少し分かった。
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