10才の決断

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10才のときに、わたしの両親が離婚した。




その時、「どっちについて行きたい?」って聞かれた。




これは、その時のお話。













正直言って、ママとパパの離婚はショックだった。




ママもパパも大好きだったから、




10才のわたしにとって、それはまさに悲劇だった。









どちらかを選ぶなんて、そんなことできない。




ずっと3人で暮らしたい。




そう思って、何日も泣いたけど、




泣こうが叫ぼうが、2人の決断は変わらなかった。











何日も何日も考えて、




わたしはパパについて行くことにした。













なぜ、パパについて行くことにしたかと言うと、




ママについて行ったら、パパとは疎遠になると思ったから。













なぜだか知らないけど、









そういう未来が見えた。









でも、いくら離れて暮らしても、







ママと疎遠になることはない。







そう思った。


 




  







あと、それからもう一つ、




パパについて行くことにした理由は、




ママについて行ったら、わたしが将来困りそうだと思ったから。













ママはわたしが何をしても、あまり叱るということがない人だった。




それから、パパに比べると、ママはあまり常識もない人だった。









だから、ママについて行ったら、




世の中的に、何がしていいことなのか、悪いことなのかも分からず、




しかも叱られないので、ものすごくワガママになって、




将来そのせいで、とても困りそうだと思った。













正直言って、パパよりママの方が好きだったし、




わたしのことを一番分かってくれてたから、ずっと一緒にいたかった。









だけど、









ママについて行くのは不安だった。









あの頃の感覚を言語化すると、




わたしはまだ幼かったけれど、




幼いなりに、自分が幼いということを分かっていたので、




ある程度、人格ができあがるまでは、




常識のある人のもとで暮らすのがいい、と判断した。













この話をすると、




「本当に10才でそんなこと考えてたの?」って聞かれるけど、




これは本当の話。




そう、子供ってよく考えてる。









パパとはそれから、しばらく暮らした。




その間、ママとは毎週土日に会ってた。 




だから、離婚した後の数年は、




平日はパパで、土日はママと暮らすっていう感じの生活だった。









なので、どちらに育てられたという感覚はないけれど、 




 今のわたしには、どちらの要素も必要だった気がする。









パパに関して言えば、




離婚した原因や、お互いにまだ子供だったと言う理由で、




そのあと何度も喧嘩したし、一時期はわたしから一切連絡をたって、




絶縁みたいにしていた時期もあったけど、




今は、わたしもだいぶ大人になったし、




その頃のパパの状況も理解できるようになったので、




最近は、ひとりの大人として、一番の友達として仲良くしてる。







長くなるので、この話はまた今度。













とにかく、毎週ママに会えるとはいえ、




前の暮らしとは全く違うわけだし、




つらいことや、悲しいことはたくさんあった。









だけど、その頃の経験で成長したことや、




学んだことは、たくさんあったし、




今思い返してみれば、あの時の決断は正しかったと思ってる。









この話を通して、なにが言いたいのかというと、




子供は大人が思うより大人だし、




子供は大人が思うより、物事をちゃんと見ているということ。











10才だって、離婚するとき、




どちらの親について行くかを、ちゃんと決めれるし、




大切な決断をしないといけない時、自分で人生の選択ができる。















子供の人生は、子供に決めさせていい。



















「わたし、パパについて行く。」